大卒ブロガーには負けない
逃げたらあかん。泣いたらあかん。負けたらあかん。学歴なんかに負けたら、負けたら、悲しいじゃない。せっかく生きているんだから。でもブログに勝ち負けはないけど、稼げるか稼げないかの線引きは歴然とある。
私の学歴
私が浜田である。地元の不良工業高校を10ヵ月で中退し、通信高校に通い、卒業したのは23歳。通信高校では勉強らしい勉強はしていない。ただレポートと呼ばれる宿題をこなしただけだ。学歴高卒。ちゃんちゃらおかしい。
私は山梨の通信高校生時代、東京都立川市のピンサロで社員として働いていた。毎日、汗と精子で汚れたシートを汚いおしぼりで掃除していた。ピンサロ嬢は優しかったが、性格のきつい女もいた。私はこの時代に酒と泪と男と女を学んだ。
「自殺について」ショーペンハウエル著
わたしが一匹の蝿をたたき伏せたとしても、今、わたしが打ち殺したものは、物自体ではなくて、単に、それの現象に過ぎないということは、けだし、明白である。
引用:自殺について(23ページより)
死とは何か?死とはただ蝿が一匹死ぬことと相違ないのだ。人の命も同様にだ。
大卒には負けない
私には酷い学歴コンプレックスがある。低学歴なくせに本好きなのでメンドクサイ性格をしている。安いウィスキーを飲みながら、ブログを書きながら、物思いに耽る。この日本は大卒が主導権を握っている。高卒では官僚にはなれない。高卒以下は毎日、奴隷のように歯車を回すだけ。あぶれたヤツはグレて事件を起こす。私は大卒には負けたくない。しかし結果的に負けているのだ。完敗に乾杯。
大卒ブロガーには絶対に負けない
大金を稼ぐプロブロガーは大卒しかいない。文章など誰でも書けるのに。勝つためには一人ずつ息の根を止めていくしかない。という反逆精神に辿りついてしまうのも高卒ゆえか。大卒ってすごいね!と開き直る手もある。だが、忘れてはいけないのは、たった一人のブロガー、いや、個人にいったい何ができるのか。能動できるのか。人は一人では無力だ。実に無力だ。大学では何を学んでいるのか。私にはそれすら推し量る術はない。
まとめ
負けないと言いながら自殺についての本を読むのは矛盾している。それは負けることを予感しているようにも見える。勝負とは面白いもので、実力の強い者ばかりが勝つものではない。高卒が大卒にすべての面で負けるわけではない。どこか必ず突破口があるはずだ。
ブログは一人ではできない。ブログの成功とは人が力を合わせなければ達成し得ないものだと、今さら、痛感している。ブログは、心休まり、動かされ、感動し、慰められ、怒り、悲しみ、笑う。そんな世界だ。
狭い部屋のなかを蝿が一匹、ブーンと、飛び回る。誰かすぐに叩き潰してくれ。いや、ちょっと待て、殺さない方がいい。文を文をと、蝿が言う。文を書け!、蝿は確かにそういった。ブーンブーンといった。
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コメント一覧
浜田さんは毎日何記事も書かれてすごいと思います。
毎日アップすると見に行くのが習慣になってファンもアクセス数も増えるんだろうなー。
エッセイ風の記事って落ちというか、締めくくりが難しいですね。
そうですか。習慣ですか。目指せ、しょこたんです!締めくくりはいつも難しいです。