生産性のある人間も生産性のない人間も共に生きる価値がある

月に15万円あれば私は生活できる。しかし今月でバイトを辞めるからその15万円を他で稼がなくてはならなくなった。足りない生活費をどのように工面するか?まずは先日ブログに頂いたコメントから見てみたい。

 

 

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月15万円あれば生活できる

あっぷるさんからコメントを頂いた。

やっぱり、フルタイムで働かせてもらえる仕事じゃないですよね。『待遇・福利厚生」の欄は、『労災保険』だけ書かれている。つまり、雇用保険すら入れてもらえない仕事。つまり、週20時間未満の仕事、と。主婦や、定年過ぎの人が、ポスティングのバイトよりも、収入が多いからという理由でする仕事みたいな。

前回のブログ→私たちは機械でもないし、奴隷でもない。ほとんどの仕事が仕事じゃなくて死事なんだ – 俺と友達になってくれ!

  

私はあっぷるさんからご意見をいただき、気づいた。つまり前回ブログに書いた、ホテルの清掃員の仕事で稼げるであろう給料の内訳は、10時~16時まで働くとして計6時間、時給が1300円、1300×6=7800。1日7800円稼いで週6日勤務だと、46800円。月に24日働くとしたら、187,200円。そこから所得税が引かれて大体18万円。しかしこの見積もりは稼げるであろう最大値。実際は多くて手取り15万円前後になると思われる。

 

月に手取りで15万円稼げれば私の生活は安泰になる。家賃が5万2千円なのでできれば、理想は17万。どちらにしろ、明日電話して面接をお願いしようと思っている。面接で詳しい話も聞いてみたい。もしかしたら10万稼げればいいほうですよ~なんて言われる可能性もある。そのときは最低限度の生活が営めなくなるためお断りするしかないっていうこと。

15万円を稼ぐのはかなりつらい

フルタイムで仕事をすれば、東京だと15万円はすぐに稼ぐことができる。しかし会社勤めをするということは相当なストレスに苛まれることになる。若ければ楽勝でこなせる仕事でも40代手前になると徐々に同じようなことができなくなってくる(これには個人差があると思う、あくまでも私の場合はってこと)。

 

「15万円なんてちょっと頑張れば稼げるでしょ」とか、「15万円稼ぐことがつらいなんて弱すぎでしょ」なんて若い人以外でお金を稼ぐ能力のある人は思うだろうけど、私だってそう思った時期もあった。しかし、体力が落ち、知力が落ち、性欲だけが上昇するという意味の分からない状態なのだ。どうせ運よく正社員になっても、職場の人間関係に消耗してまた辞めてしまうのが落ちだからと、こうしてブログを書いて副業ブームに乗っかろうと考えている。しかし神は見ているもので、私が副業でブログをやっているのに一向に稼げないのだ。神は私を見放したのだ。ああっ女神様っ哀れな私に15万円を稼ぐ能力を授けたまえ。と、天に祈る毎日。

生産性のない人間は死んだ方がマシ?

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死ぬか生きるか。結局、人間にはそれしかない。稼げないなら死ぬだろうし、生きるんだったら知恵をしぼり、嫌でもこびへつらうしかない。どちらかを選ばなければ死ぬんだ。と、思えば選択の自由はあなたにある。日本の自殺者数はおよそ年間2万2000人。そのお仲間に入りたければ入るもよし、入りたくなければ入らなくてもよし。

 

私がこのブログを通して言いたいのは、死ぬんだったらまずは私に相談して欲しいということだ。「えー!?低所得で負け組のあんたなんかに相談したって何の解決にもならんでしょ」って、方もいるのはわかる。全面的にわかる。そうだとも、私に相談している暇があったらブログの一つでも更新した方が金になる。しかしあえて私は問いたい。なぜあなたは生きているのか?と。

 

金がない?職がない?家がない?この先生きていても楽しいことがないから、死んだ方がマシ?

 

生産性のない人間、主に障害者や引きこもりニートや仕事ができない人間は死んだ方がいいという意見がある。私は当たり前だけど、その意見には大反対だ。じゃあ仮に生産性の無い人間たちを一ヵ所に集めてガス室に送り込んだとしよう。そうしたら残った人間たちは全員生産性のある人間になるかといえば、そうはならないのだ。また新たな生産性のない人間が人口の何%か生まれてくる。またそこで同じように一ヵ所に集めて…。とやったとしても、また人口何%かは生産性のない人間が生まれてくる。つまり、人間全体が絶滅しない限り、生産性のない人間が常に人口の何%かは存在するってこと。

生産性のある人間も生産性のない人間も共に生きる価値がある

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生まれてきた以上、生きる価値は微生物にだってある。

 

「童謡・手のひらを太陽に」の歌詞を見て欲しい。

ぼくらはみんな 生きている生きているから 歌うんだ

ぼくらはみんな 生きている生きているから かなしいんだ

手のひらを太陽に すかしてみればまっかに流れる ぼくの血潮(ちしお)

ミミズだって オケラだってアメンボだってみんな みんな生きているんだ友だちなんだ

 

繰り返しになるけど、仕事ができない人間をこの世から全員消滅させても、また新たに仕事ができない人間が生まれてくる。ではなぜ生まれてくるのか?それは生きていいから生まれてくることに他ならない。死んでいいならそもそもとっくの昔に絶滅しているはず。絶滅していないってことは、何らかしらの生きている意味があると私は考える。もちろん意味などないのかもしれない。ただ言えることは、生きている以上、みんな目には見えないどこかでつながっているんじゃないかってこと(歌のように友達とまではいかないまでも)。こうした生きる価値について、アルバイト生活の生産性のない私が偉そうに言うことではないけれど。 ああ、恥ずかしい。ああ、貝になりたい。今日も明日も貝になりたい私です。