一日中誰とも口を利かずに生活することでうまく人と会話できなくなってくる
起床し食器を洗いごみを捨てる。朝飯を食べコーヒーを飲む。パッと見は優雅な朝に見えるが内心は穏やかではない。
一日中誰とも口を利かずに生活することでうまく人と会話できなくなってくる
勤め人から見れば無職は気楽だと思われる。確かに無職は無職でも若い20代の無職なら気楽だと思う。なぜなら将来があるからだ。今は無職でも30代になれば、きっとうまく人生を歩んでいると何の根拠もなく想像できるからだ。若ければ一抹でも二抹でも、そこに希望を見出せる。しかし40歳手前になると状況は一変する。多くの企業では35歳以上を雇いたがらないからキャリアアップのない底辺職しか勤め先がないのだ。たとえ運よく面接に受かったとしても勤め始めてからが地獄で、先輩や同僚、上司までもが自分よりも年下となる。そんな状況では上司も同僚も変に気を遣うし、私も私で気を遣うしで業務以外の盤外戦で疲労してしまうのだ。
ならば無職の方が気楽かといえばそんなことはない。一日中誰とも口を利かずに生活することでうまく人と会話できなくなってくる。良いとされるのは一日3人以上の他人と会話することだと聞く。彼女や奥さん母親など1人の人とだけ会話していてもダメなのだ。そんな状況の中、私は折を見ては近所の野良猫と会話することに努めている。ただ相手が野良猫ではうまく意思の疎通ができずニャンと鳴くばかりで、何を言っているのかさっぱりわからないのが専ら悩みの種だ。
勤め人であれば否が応でも3人以上とは挨拶を含めコミュニケーションすることになる。無職が長引けば、徐々に人と会話することが億劫になってくる。そうなると最悪の場合、引きこもりとなる。35歳を超えると体力もガクンと落ちる。腰が痛くなる。トイレが近くなる。遠くなるのは希望だけだ。はーはーぜーぜー。心身ともに健康な無職ならいいが、無職のほとんどが不健康。無職も日々ある程度動いたり会話したりした方がいい。
だが会話するのは野良猫ではダメだ。同じ人間同士でなければならないのだ。ブログも書いてないと書けなくなるように、字だって紙に書いてないと漢字が書けなくなる。会話だって同じ。昔は友達と長電話したりした。職場でもたくさん会話していた。振り返って見ると無駄口に意味などなく時間の無駄と思われる。無駄口ではなく雑談だったといえば聞こえがいい。そんなことを野良猫に語り掛けるようになってから野良猫に教えられた気がした。おしゃべりな黒猫が一匹いる。彼は私に一体何を語りかけているのだろうか。
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ハイエナ浜田、俺と話そうぜ
年収550万の俺とな。
きみ惨めな年収100万位だろ、色々おしえてやるよ。
読者登録は、どこからすれば良いのでしょうか?
匿名さん、コメントありがとうございます。
せっかくのご厚意ですが読者登録フォームはありません。申し訳ございません。
返信ありがとうございます。
私は女ですが共感、共通する所が多々あるなと思いながら読んでいます。
更新楽しみにしています。
匿名さんへ、
興味の湧かない記事もあるかとは思いますが、共感していただきありがとうございます。